緩和ケア便り:消化器の専門病院として100年、湯川胃腸病院 Spirit & Technology

湯川胃腸病院
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緩和ケア便り

●林医師の話「臨床の日々」
 緩和ケア外来をしていると、なんと多くの人々が医者との対話を欠いたままで、自分で治療を選択する余地もないまま、evidence(エビデンス) という医学の正しい論理に翻弄された挙げ句、緩和ケアを訪れられることかと、しばしば溜息が出る。 患者さまの病状経過を伺って、なんとなく呑み込めない何かがずっと残ったままであった。 その「何か」について最近ほとんど苦痛なく、非常に穏やかに逝かれた患者さま(Aさん)と生前に交わした会話から考えてみた。 Aさんの年来の知人が、見舞いに来られた後のことでした。その知人は仕事の上でAさんと深い付き合いをされていたようです。Aさんはその方に 自分の死期が迫っていることをうち明け、善後策を講ずる話し合いをされたとのことです。当然、その方はAさんの死を前提とした話を冷静には 聞けず涙されていたようです。詳しくはお聞きしませんでしたが、その知人の方も癌を患い、近々、化学療法をされるとのことでした。Aさんは私に言われました。 「死んでいく病人を前にして、あいつはおいおい泣くんや…こっちの方が泣きたいがな」「『おまえ!いつまで生きるつもりや?!』と言ってやった」と…。 「先生、人間は“自分の物差し”を持っとかなあきまへん。一升の枡に二升の水は入れられませんのや。」 『自分の物差しを持て』その言葉は、誠実に生きて来られた方の知恵である。 何年か前、癌の診断を受けたあるプロゴルファーはその時の体力の低下を恐れて手術を拒否したが、現役で活躍しているという例もある。 患者さまは「自分はこう生きたい。そして、こう生きたいからこういう選択はどうか。」と主張してもよいのでは…。治療に対して選択する権利、主導権は患者さまにあると 言われているにも係らず、医学的判断により選択を強いられてしまっているのが現状である。 いのちを単なる生死の問題にして医学の倫理で語らず、いのちの営みをどう取り扱うか、医者と患者さまはもっとよく対話しなければならない。その際、患者さまは医学的に 正しい倫理が必ずしもよく生きるための根拠とはならないことを十分承知しておくこと。また、医者は「自分もまた必ず死ぬ」という絶対的事実に目覚めつつ、怯え ず一線を越え、患者さまの想いに近づく努力をすべきであろう。


●家族からのお便り紹介
 先日は心温まるお手紙ありがとうございました。 最後まで細やかなお世話をして頂き、家族一同 感謝の気持ちでいっぱいです。 ハンドベルの演奏を観せて頂き、とても嬉しそうにしていた母の顔を忘れる事ができません。 お世辞とかでなく、どのスタッフの方も本当に素晴らしい方ばかりでした。私自身どれだけ心を楽にしていただいたか、とても書き表すことはできません。 死後の処置を終えた母に会った時、あまりに穏やかできれいな顔をしていたので、「良かったなぁ、こんなにきれいにしてもらって」と、又 涙したのを昨日の事の様に思い出します。 亡くなった母を運んでくれた葬儀社の人も「うちでは、ほとんどする事がないくらい完璧な清拭とお化粧ですね」と感心されていました。 貴院にお世話になれた事を心より感謝致します。 本当に本当に大変なお仕事だと思いますがこれからも私たちの様な家族の支えとなってあげてください。 暖かすぎたり寒かったりとややこしい気候が続きますが、皆様どうかお体ご自愛ください。 スタッフ一同様に 心より感謝をこめて

S氏家族さまより

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